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Review
[m@p]プロジェクトProject
展覧会[m@p]meet @ post 展示風景(2021, 堀川新文化ビルヂングNEUTRAL / 京都)

[m@p]の見方

平田剛志(美術批評)

 新型コロナウイルスによる最大の影響とは「出会い」ではないか。ソーシャルディスタンスや移動の自粛など、「新しい生活様式」により生活やコミュニケーションのあり方は変わった。美術界でも美術館の休館や開館時間の短縮、展覧会の延期や中止が相次ぎ、芸術作品と出会う機会は減少した。京都のGallery PARCも2020年6月末にギャラリーを閉鎖し、活動内容を変更した。では、展覧会という形式ではなく、美術作品と「出会う」ことはできるのだろうか。

[m@p]meet @ post

コロナ禍における社会状況に対して、Gallery PARCが2020年7月からオンライン・ストアで開始したのがアーティストとギャラリーが協働して鑑賞者の元(ポスト)へ行くというプロジェクト「[m@p]meet@post」(以下、[m@p]と記載)だ。
 だが、ギャラリーの「作品販売」がなぜ「プロジェクト」なのだろうか。その理由は、「meet at post = ポストで出会う」というコンセプトにある。このプロジェクトでは、完成済みの美術作品をオンライン販売するのではない。その内容は、アーティストの創作物を「角2封筒(A4サイズ相当)」に封入し、1年間(3ヶ月ごと全4回)に渡って、送料込み55,000円(税込)で購入者に郵送するというものである。【*1】
 1年間、角2封筒に何を入れて送るのかに指定はなく、封筒に収まるものであれば制約はない。プランを見渡すと、平面から立体、コミュニケーションを取り入れた作品まで、さまざまなプランが揃った。【*2】 だが、これらの内容は概要であり、全4回の送付リストや初回以外の形状が分からないプランも少なくない。つまり、何が届くのかは「未知」であり、最終的にどのような作品が届いたのかは購入者しか分からないのだ。ネットショッピングの情報量の多さに比べると、曖昧なショッピング体験だろう。
 それでは、アーティストたちは[m@p]で何を試みたのか。2021年12月時点で[m@p]は計3回行われ、合計27組が参加している。その成果の一部は、2021年12月に京都のNEUTRALというスペースで行われる展覧会で明らかになる。本稿では、紙幅の都合ですべての作家に言及することは叶わないが、[m@p]を時間、素材、コミュニケーション、場所の4つのキーワードにマッピングし、このプロジェクトの全容を眺めてみたい。

  • 【*1】 他に値段や内容がプランごとに異なるプレミアムプランがあるが、本稿ではスタンダードプランのみに言及する。
  • 【*2】ちなみに、「plan」はフランス語で「地図」を意味する。

*[m@p]お届け専用封筒

[m@p]の時間

[m@p]は1度の購入、配送で終わりではなく、1年間全4回に渡って作品が送られる。なぜ1年間4回なのだろうか。1つは、複数の作品によって構成される展覧会形式にある。鑑賞者=購入者は、時間という導線を進みながら、「展覧会=作品」を見ていくのだ。2つ目は、現在という時制を意識させるためではないだろうか。展覧会では、季節や時間、光などが展示構成に反映されることがある。[m@p]においても「時間」というプロセスは、現実世界や他者をつなぐ共通項になる。


 木版画家のふるさかはるかは、青森県の山に生きる人びとを取材して制作した木版画シリーズ《ソマの舟》から4つの作品と最終回にエッセイを制作した。
 ふるさかの版画は、自然の木のかたちを生かした版木が特徴的だ。版木に木目やかたちを生かした図案を描き、刷り終わると、版木を木目に沿って割り、新たな版木を切り出して次の版画を制作するのだ。版木は彫り進むたびに小さくなり、最後の刷りの状態で版木が残る。そのため、過去の「版」を再び刷ることはできない。山仕事や自然、地方の消えゆく伝統のように、かたちと時間の変容が刻まれた版画なのだ。


 一方、むらたちひろはアトリエでの制作過程や試作、実験のサンプリングなど、作家の目と手の思考を共有し、体験させるプランだ。
 初回は、白い綿布で折った「舟」を染液に浸け、舟底から色が吸い上がっていく過程を写真に収めた舟の標本カード10種と4回分を収納する布【*3】のケースが届けられた。2回目は写真をプリントして六角形に折り畳んだ布と、元酒蔵で採取した井戸水が届く。購入者は、同封の取扱説明書に従って布に水を垂らし、「染める」経験ができる。3回目は染めによるエスキース、4回目は夏から秋にかけて制作された小作品が送られた。
 いずれもエスキースや習作など自作の周辺的、断片的なものが特徴である。だが、4回目の小作品が届いた時に、購入者はこれまでに届いた[m@p]が、「染まる・染める」時間を体感的、触覚的に理解させるプロセスだったと気づくのだ。


 こうした連続性やプロセスを反映したプランには、東京の「光のシークエンス」を捉えたポジフィルムを送る大洲大作、扇子に四季の花を描く菅かおる、鉛筆による風景画に加筆を加えながら往復していくヤマガミユキヒロ、展覧会をアートブックに再構築し、4回に分けてページの断片を送る澤田華などがある。それぞれ1つの作品として成立しつつ、関係し合う構造は展覧会の鑑賞体験を思わせる時間感覚がある。

*ふるさかはるか[m@p]初回のお届け作品と版木

Artist interview  > [m@p] Vol.2

むらたちひろ[m@p]初回〜4回お届け作品

[m@p] interview

[m@p]の素材

 [m@p]のサイズは、角2封筒(A4サイズ相当)と規定されている。このサイズは、手元で地図を眺める感覚に近いだろう。だが、封筒の中身は、紙と決まっているわけではない。彫刻家の山添潤はこれまでギャラリーや屋外の自然環境などに大型の石彫作品を展示発表してきたが、[m@p]では手のひらサイズの石の彫刻とドローイングを制作した。
 ポストに「石」が届くというのは、感覚的、経験的に未知の出来事だろう。厚さ3センチ、1kgにも満たない石彫の重量感、展覧会では触れることができない石彫のノミ跡の質感など、見るだけでなく触れる鑑賞は、[m@p]だからこそ可能となった鑑賞経験だ。
 触覚的なプランでは、小出麻代の写真と手のひらサイズの家のオブジェ、森太三の合板に描いたドローイングなどが挙げられる。ともに視覚だけでは分からない彫刻的な重さや手触りを感じさせる。また、平野泰子の絵の具を塗り重ねて描く絵画は、素材である厚紙の裏面まで見ることができ、絵の具の層の厚みや表裏の違いなど通常の展覧会では味わえない絵画空間に気づかせてくれる。

山添潤[m@p]初回・3・4回目お届け作品

[m@p] interview

[m@p]のコミュニケーション

 ギャラリーでの鑑賞者との対話やワークショップのように、鑑賞者=購入者とのやり取りを作品に反映したプランも多くあった。作家は、作品に購入者とのコミュニケーションを取り入れることで、意図を超えた偶然性を目指した。

 薬師川千晴は、右手と左手に異なる色を付けて紙の上で手を合わせる《右手と左手のドローイング》シリーズを制作した。制作にあたり、購入者に片方の手につける色を尋ね、作家がそれに合う色を選択して描くことを試みた。
 薬師川はこれまでものとものが関わる「対」の関係性に着目し、さまざまな方法や素材を用いた絵画を制作してきた。[m@p]では、色の選択を購入者に委ねることで、見えない他者との関係性が図られた。絵画制作における身体性、可視の色彩と不可視の他者、イメージの想像と創造など、さまざまな対の関係性が共存するドローイングが生まれた。
 他に、《Sound-trip letter |音沙汰》と題する往復書簡を通して購入者と作家が互いの消息を知らせ合う林葵衣、作品に引用する「映画」のイメージを購入者が選択する藤永覚耶のプランは、未知なる創造をアシストする購入者=鑑賞者との出会いがあってはじめて生まれる作品だ。

薬師川千晴[m@p]初回〜3回お届け作品

[m@p] interview

林葵衣[m@p]初回〜4回お届け作品

[m@p] interview  > [m@p] Vol.2

[m@p]の場所

 未知の場所に行くとき、現在地が未知なとき、人は地図(map)を見る。地図とは、さまざまな場所や土地の情報を与え、想像力を刺激させるメディアでもあるが、実際に「地図」を制作したのが来田広大だ。
 来田は、1年の季節ごとに八ヶ岳(長野・山梨)や安達太良山・一切経山(福島)など4つの山を登り、8ツ折りした登山地図のようなドローイング、テキストや写真をまとめた冊子『旅のしおり』を制作した。
 山を登る道中に何があったのか。作家のまなざしは何を捉えたのか。来田から届けられる[m@p]は、旅先の地誌や空気を伝える旅行記であり、作家の創作構想の現在地を指し示す「地図」でもあるだろう。今後、このマップ=ドローイングがどのように改訂、拡張されるのか期待したい。

 場所性では、インドネシアに移住した田中奈津子のドローイングやコラージュなどをまとめたZINE、竜宮伝説の発祥で知られる鹿児島県指宿市の長崎鼻に行き、旅の土産として特製の玉手箱を送る谷本研+中村裕太の『タイルとホコラとツーリズム season9《ただいま!玉手箱》』などがある。【*4】外出や移動が難しい社会状況のなか、アーティストが異国や旅先で経験した「未知」をかたちにするプランだ。

  • 【*4】実際には、緊急事態宣言により当初の目的地に行くことは叶わなかったため、プラン内容を変更し、土産とは異なる「玉手箱」が届く予定である。コロナ禍の不透明な社会状況を反映し、柔軟に送付物を変更できるのも[m@p]の可能性である。展覧会では、会場に実物の作品を展示しなければならないため、直前の変更が難しいケースもある。
  • >[m@p]Interview 田中奈津子 谷本研+中村裕太

来田広大《Map Drawing》部分

[m@p] interview

 以上、4つのキーワードから[m@p]を眺めてきた。いずれも購入が消費で終わるのではなく、アーティストとの関係性や世界観の共有、企画への投資、作家支援という要素もある複合的な「プロジェクト」だった。そして、展覧会が地図のない未知の場所を巡るような鑑賞経験なのと同じく、[m@p]はポストを介した未知との出会いだった。
 では、展覧会と[m@p]の違いとは何だろうか。それは、個人を宛先としたことではないだろうか。なぜなら展覧会は不特定多数の人々に向けて開催されるが、[m@p]は特定の1人に向けて届けられるからだ。
 購入者が1年間いつ来るかわからない配達物を待ち、受け取る関係は、宛先人であることを引き受けることである。それは、信用と継続という人間関係の発生である。
 作家は、他者がいなくても作品はつくれるが、他者がいることで生まれる創造もあるだろう。購入者は、郵便が来ない日もあるが、ポストに届いた[m@p]によって、思考や生活が変化することもあるだろう。[m@p]は、他者=作品との出会いを生む場なのだ。地図はここではない未知の場所へと導いてくれる。だが、[m@p]から行き先を読み解くのは、1人の購入者=鑑賞者の見方だけある。