2007年に京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻を修了した田中奈津子(たなか・なつこ / 福岡・1981~)は、在学中より個展やグループ展などに取り組み、近年では個展「Being series」(ギャラリー白kuro / 大阪・2019)や個展「into Being」(d3 Gallery / 北九州・2019)、「ポートレートモード:黒宮菜菜・田中奈津子」(2kw Gallery / 滋賀・2019)などを開催。2020年には3月に開催される「VOCA展2020 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─」(上野の森美術館・東京)に出品するなど、現在までに精力的に制作・発表活動を続けています。
田中は2017年のギャラリー・パルクでの個展「きょうの壺プレミアム」において、包装紙や広告・カレンダー等を素材に、2016年12月半ばから年越しの一ヶ月に渡って毎日制作した「壺」の絵を展示しました。これは、当初は身近な日常の中で不意に得たイメージを膨らませ、それらをモチーフに絵画・版画のテクニックを組み合わせた絵画制作を続けていた田中にとって、「壺」あるいは「毎日」という制約を手がかりに、それまでの感性や感覚に強く頼る絵画制作ではなく、五感・記憶・経験・感情・体調・身体・道具・時間などなど、多くの要素を素材として自覚し、選択することで絵画に取り組む機会となりました。
また、その後の2018年の春から秋にかけて取り組んだ「Being series」は、田中がアトリエの近くの市民活動センターを借りて制作したもので、「制作の度に画材を運び込み、決められた時間の中で出来ることを探し、時間がきたら筆を止め、また全てをまとめて帰る」を何度も繰り返したものでした。周囲の環境や状況という制約を手がかりに、そこから絵画を立ち上げるこの制作は、田中が『画材も、形式も、制作時間も、場所も外部に任せて、私はそこでできることをして、それらが結びついて絵画になればいい。』、『この絵は私だけの選択によって成立したものではなく、環境の中で仕立てられたものだから。』と語るように、自身の絵画制作へのまなざしや絵画への思考を更新する機会となったといえます。
本展は田中の新たな取り組みとなる「ANDROGYNOS(両性具有)」シリーズにより構成されるものです。本シリーズ作品の制作にあたり、田中は現在まで何度もヌードクロッキーに出かけ、男女のモデルを大量に描いています。アトリエではそのクロッキーから線を抽出し、キャンバスに描き写しますが、それは1枚のクロッキーから線を抽出し終えるとキャンバスを回転させ、また新たな線を重ねるというもので、結果、1枚の絵画には何枚(4〜20枚ほど)ものクロッキーからの線が重なり、その画面は次第に抽象性を帯びていきます。田中にとってこのプロセスは、そのものが目的ではなく、「見たものを描く」行為を「画面の出来事」へと転換するための「きっかけ」として機能しているように思えます。またそのプロセスを辿るうちに、男:女、具象:抽象、現実:虚構、存在と不在、線と面といった、様々な項が綯交ぜとなった画面が現れることとなり、作品は両義的ながらもひとつの存在:絵画へと自立しはじめます。
「ANDROGYNOS」シリーズに至る近年の田中の取り組みは、いくつかの制約を仮設することで制作の自由を封じるのではなく、それにより自分自身にかかる制約(環境や身体、絵の具の材質、支持体の構造、音や時間など)の存在を確かめ、認めるための手続きとして必要とされたのではないでしょうか。また、それは同時に「描く」というとてもささやかで脆い自由を見出し、「描くこと」でそれら制約や矛盾を「絵画」に結ぶことができることを知るための契機となったのではないでしょうか。「ANDROGYNOS」の初期作品群で構成される本展において、田中のこれまで/これからの活動を概観いただく機会となるでしょう。
なお、会期中には、聞き手に真武真喜子氏(Operation Table キュレーター)をお招きしたアーティスト・トークを行ないます。これにより新作「ANDROGYNOS」についてのお話とともに、近年の田中の作品の変遷やそれぞれの取り組みの関わりを一連で知ることが出来るのではないでしょうか。
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