ギャラリー・パルクが 2020 年より主催するプロジェクト『すべ としるべ』は、変容していくこれからの社会状況の中で、「展覧会」という機会をよりタフに起動させていくための方法の開発・獲得を目的に取り組むプロジェクトで、昨年に続き2回目の開催となるものです。
「展覧会」とは、アーティストが表現(すべ)を社会に向けてひらく標(しるべ)であり、また鑑賞者は作品と空間・時間をともにするなかで、それぞれにとっての方法(すべ)を発見する「体験」を得る機会・場であるといえます。
しかし、表現と社会、表現と鑑賞者が直接的に触れ、接することによる体験を必然とする展覧会という形式は、それゆえに今日の社会状況の影響を受けやすく、また鑑賞者からのアクセシビリティも低下せざるを得ない状況にあるといえます。
ここで、展覧会を「体験の場」と強く限定してその形式に拘泥することは、結果的に表現へのアクセスの機会そのものを減少させ、またVRなどを活用したオンライン展覧会などの鑑賞機会は、アクセスの容易さに比していまだ鑑賞体験の代替機能としては不十分なものであると考えられます。
パルクでは、現在のこの「展覧会=体験」と「アクセシビリティ」という現実的な矛盾の狭間で立ち尽くすのではなく、ここから先に進むためにの試行錯誤に取り組みます。いま・ここで既存の方法を検証・改良するとともに、これまでとは異なる思考・方法を実践することで、これからの変容する社会の中で、展覧会が起動し続けるための方法(すべ)を身に付けたいと考えます。そこで『すべ としるべ』では、展覧会における記録(映像・写真・言葉)のあり方に焦点をあて、ここに新たな構造を導入することで、記録それ自体による新たな鑑賞・体験の創出を試みます。
本プロジェクトは京都府南丹市八木町に残る築400年を超える旧酒造を会場に、田中秀介(美術家)と守屋友樹(写真家)による、それぞれ6日間の公開展示と、この展示に取材した麥生田兵吾(写真家・映像作家)と今村達紀(振付家・ダンサー)による映像、野口卓海(美術批評・詩人)の編集・制作による記録物とにより構成されます。こうして従来の「展覧会」と「その記録」という不可逆的な補完関係に切れ目を入れることで、ひとつの展覧会を起点に、映像・記録のそれぞれが自立した眼差しから作品や表現を発見・解釈し、それぞれの媒体の特性をもって「つくる・のこす」ことに取り組みます。
田中秀介は自身が取り組む絵画制作にまつわる思考の延長として、支持体となるキャンバスから矩形を排した、いわゆるシェイプドキャンバスによる作品を会場に持ち込みます。酒造りの機械や什器とともに、かつての作業の痕跡や気配が残る旧酒造の巨大な会場に配されたシェイプドキャンバスによる絵画は、いずれも鑑賞者の視点によって前景(画面)と後景(背景)の関係に変化が起こります。いわば田中の試みは、作品・空間・鑑賞者の関係によって常に変化し、展覧会という場で起こることが作品であるといえます。
守屋友樹は見知らぬ土地をフィールドワークする中で撮影した写真や映像、音を中心に、オブジェなどを用いたインスタレーションを会場に持ち込みます。さまざまな土地に残る民話や寓話などから、とりわけ「水」にまつわる「語り」を観察し、そこから取り出した要素を作品として展開する守屋の試みもまた、作品と空間が鑑賞者を媒介に関わるなかで成立するものといえます。酒づくりの場として、またすぐ裏に大堰川が流れる酒蔵の空間において、鑑賞者はそこに何を見つけ、何を見つめ、何を語るでしょうか。
これまで多くの展覧会における記録(写真・映像・情報)は、まず事実を残すことを目的に、実際の鑑賞体験を補完する機能を担っていたといえます。しかし、実際の鑑賞が困難となった現在において、展覧会の「記録」が果たす役割や機能にも変化が必要ではないかと考えます。この2つの展示はいずれも「空間と鑑賞者」を必須として、それぞれに働きかけることでその場に起こる体験を作品の重要な要素として企図されています。では、いま・ここに起こる「体験」を「読み出し可能」な記録とするには、どのような方法があり得るのでしょうか。
プロジェクト『すべ としるべ』では、展覧会を異なる視点、異なるメディアによる自立した記録を「つくる・のこす」ことで、それらが読み出される時に「そこ」に新たな体験を「おこす」ことを目指して取り組みます。展覧会という体験が、記録によってより広く、より遠くに作品や表現を「ひらく」ことの可能性に目を向け、表現がこれからの社会に対応しながら、より強く起動するための(すべ)を編み出していきます。
【主催・企画】
ギャラリー・パルク(株式会社グランマーブル)
【協力】
オーエヤマ・アートサイト
*⽂化庁「ARTS for the future!」補助対象事業
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