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Review
「洪亜沙:アンバーランド」展覧会評Exhibition Info

Gallery PARC Art Competition 2019

「洪亜沙:アンバーランド」展示風景

アミューズメント・ランド

平田剛志(美術批評)

「quod quidem mihi pro aperta finestra est ex qua historia contueatur(私はこれを、描かれるべき主題を通して見るための開かれた窓であるとみなそう)」
 レオン・バッティスタ・アルベルティ(1404-1472)

 

 もしも展覧会がフィクションだったなら、その空間で目にする「作品」とは誰の手になるものだろうか。なぜなら美術館や博物館、ギャラリーに並ぶ考古資料や美術作品はすべて実在した人物が制作した「本物」を前提としているからだ。作品解説やキャプションにおいて展示物が有名・著名な人物や場所に由来する歴史的価値ある逸品であることを伝えるのは、ものの真正性を裏付けることに他ならない。
 一方、「物語」を現実化したのがテーマパークやアミューズメントパークだ。この世界では架空のキャラクターが生きる非日常を体験させる空間だ。では、「本物」を展示する展覧会と「虚構」を展示するテーマパークが合わさったならばどうなるのか。

 

 Gallery PARC Art Competition 2019に採択された洪亜沙の個展「アンバー・ランド」は、作者の創作した歴史や宗教、科学を主題とした「物語」が絵画やオブジェ、テキスト、写真などを交えて2階から4階の全フロアに展示構成される。
 物語は、R国にアンバー教の物語を伝えるイーランとの結婚のために訪れたディックの神秘的な体験が語られる書簡体小説だ。2階では物語の全容が示される。結婚式の様子が描かれた絵画、うさぎが大量死する不吉な事件を示すオブジェ《うさぎの墓石》、中世の三連祭壇画のような絵画《アルベルティの一撃》、ヒストリアを「透して見る」ための矩形の枠《ヴェロ》などが物語や引用文献とともに展示される。続く3階では、物語の後日談のようなテキスト《面会室は…》、《Gallery PARC 2階のマケット》、遠近法の参考文献が並び、展覧会のメタ構造や制作裏が示され、展覧会が虚構であることが明らかにされる。4階では、薄暗い空間にイコン画を思わせる女性像2点、三角形の台座にぬいぐるみサイズの男女の立体像が左右対称に並び、礼拝堂のような空間が広がる。

 

 「物語」を主題、想起する作品は中世に限らず、現代美術でもシンディ・シャーマン、マシュー・バーニー、ソフィ・カル、ミヤギフトシなど多く制作されてきた。
 本展の読者(鑑賞者)は、階段を上るごとに物語を読み進めるに従い、テキストと合わせて展示される美術作品が物語の挿絵ではないと知るだろう。なぜなら読者(鑑賞者)が物語から創造するイメージと視覚芸術から受けるイメージが補完関係になっていないからだ。さらに、物語内には西洋美術史の絵画の起源をめぐる説話、アルベルティとデカルトの遠近法、映画『パリ、テキサス』など、美術史や宗教、サブカルチャーなどいくつものフレームが入れ子構造になり、いま見ている展覧会=物語は誰の視点なのか揺らぐ体験を味わうことになる。
 洪の物語と現実を曖昧にする手法は、2018年に嵯峨美術大学付属博物館の卒業制作展で開催された「アンバー叙事詩の世界」に遡る。この展示で、洪は博物館の展示スペースを全て使い、SFロマン「アンバー叙事詩」の物語を絵画や彫刻、考古学的な遺物、テキストで見せた。
 こうした洪の大掛かりな展覧会形式の物語に、物語の完成度、具現化する技術を見ようとするのはそぐわないだろう。本展を経験した者ならばわかるように、本展には物語に没入させないような時間と空間を超える仕掛けや余白、行間によって、現実のなかに虚構を知覚させる醒めた意識があるからだ。

 

 時間や空間、虚構と現実を超えてばらばらなものが一つの世界を構成する洪の世界は、15〜18世紀にヨーロッパの王侯貴族が邸宅内に設けた珍品陳列室「驚異の部屋(Wunderkammer)」のようでもある。美術館・博物館の原型であるこの部屋には、人工物の絵画や彫刻、実験道具、機械、貨幣、地球儀から自然物の鉱物や標本、「一角獣の角」まで世界の珍品、驚きを誘う品々がコレクションされた。
 そもそも美術館や博物館の名称であるミュージアム(museum)の語源は、前3世紀にエジプトのアレクサンドリアにつくられた学術機関ムセイオン(mouseion)に由来し、美術の女神(muse)に捧げる場所だった。
 洪は「物語」を通じて、かつての芸術の女神を召喚しようとしているのかもしれない。その宗教的、宇宙的な世界観は、荒唐無稽さも孕んでいるが、絵画や美術の起源とは何か、根源的な創造性について考え楽しませる(amusement)空間であり開かれた窓だ。この物語の続きを楽しみに見続けていきたい。