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Review
「藤永覚耶:Transit」展覧会評Exhibition Info

「藤永覚耶:Transit」(2018)展示風景

「版」と「画」のあいだ

平田剛志(美術批評)

 白樺の丸太の断面を捉えた映像が壁面に見える。年輪が同心円状に広がる白い木肌には次第に色斑が滲みだし、丸太の表面を侵食していく。樹木が紅葉するように、丸太が色に染まる様相は、抽象絵画の誕生に立ち会うようだ。
 藤永覚耶の個展「Transit」は、丸太の表面上に起る色彩の現象を多角的に留めた《Transit》シリーズを展示する。「Transit」とは、「通過する、推移、経過」などの意味があるが、展示においても Gallery PARC の 2~4 階の展示室を鑑賞/通過することで、作品の関係性や図像の見え方が移り変わっていく。
 展覧会冒頭での映像を経て、3 階では丸太状の枠内に人物や水泳選手などのイメージがシルクスクリーンで刷られた版画作品が展示される。 2 階で見た抽象的な映像が解像度を増したように明瞭なイメージの現れに意表を突かれる。続く 4 階では映像や版画で見てきた実際の丸太が7 点、その制作プロセスを記録した映像 1 点が展示される。ここで、観者はこれまで各フロアで見てきた映像、版画、丸太のイメージに共通性を見出し、各階の「あいだ」で起こった因果関係に想像を膨らますことになる。マクロとミクロ、全体と部分、原因と結果、表面と裏面など、時間と空間の変移を見せる展示構成だ。
では、《Transit》では何が起こっているのだろうか。その制作手法は、3cm ほどの厚さに輪切りにされた白樺の丸太にシルクスクリーンで 3 色の染料インクを何度も刷った後、エタノールを染み込ませて浸透圧と毛細管現象によって作られた図像なのだ。インクの混色で現れる色は、インクの濃度、木の導管、気温や湿度などさまざまな条件に左右され、人為を超えた自然の偶然性による産物だ。藤永は版画のイメージを解体し、丸太を通過して生まれた「画」を見せるのだ。
 では、丸太の表面上に現れるイメージとは何なのか。それは、テレビ画像を撮影したイメージだ。だが、観者が丸太に見るのは、写真イメージの再現的な転写ではなく、抽象的な点描画のような、元の画像とは異なる不完全なイメージの残像だ。かつてシュルレアリスムでは、フロッタージュやデカルコマニーのように、人為や手を解さない技法による作品が生まれた。藤永の《Transit》は、自然の木に潜在するイメージを顕すように、自然と人工、自然と科学がコラージュされた錬金術的なイメージを生みだした。

 以上のように本展を概観すると、実験的な展示に見えるかもしれない。だが、藤永の制作スタイルに大きな変化があるわけではない。藤永はこれまで森や葉、動物などの写真画像をアルコール染料インクで布地に点描し、最後に溶剤で図像を溶かす手法で制作してきた。2012 年に Gallery PARC で開催された個展「とどまり ゆらめく keeping : moving」ではこの手法による作品が展示された【註1】。また、元無線通信所や町家などギャラリーとは異なる場所で展示を行ない、空間や時間、光の影響を受ける空間を通じて、見え方が変化する作品を発表してきた。
 一方、今展《Transit》では環境に作用されるのではなく、木材の性質、現象に作用される作品へと変わったのだ。映像やシルクスクリーン、白樺など多様な素材・技法を用いてはいるが、元になる図像を液体で溶解、浸透、変容させる制作プロセスは一貫している。2012 年の個展時に筆者は、藤永作品が色彩の変容を支持体(物質)と表面(視覚化)の双方でゆらめきをつくり出していると書いたが、今展でも支持体上で起る現象の視覚化を確認できるだろう。

 では、藤永はなぜ具象的なイメージを、非再現的に解体するのだろうか。それは、元となるイメージとそこからの推移(Transit)という揺らぎを見せるためだ。これまでは、展示空間や環境、自然光という場所性に依拠していたが、《Transit》では木の物質性を媒介に、自己と自然が融和したイメージが目指されているのだ。
 それは芸術家の意志や主体性、自発性を超克し、能動態(する)でも受動態(される)でもない中動態【註2】の芸術表現だ。中動態とは、主語の 行為が自身に関係し、部分的に受動を示す動詞の態の一つで中間態とも言う。藤永の《Transit》を見ると、これらの現象や図像が作家の意志なのか、自然の意志なのかを明確に定義することは難しい。能動と受動、行為者と受動者、主体と客体の境界はあいだで溶け合っている。それは、東洋的と西洋的という分類でも解決できない藤永の自然観なのかもしれない。藤永が制作した丸太の中では何が起きたのか。それは、想像力を 通過しないと見えない「あいだ」にある。

【註1】 詳細は、同展に筆者が寄稿したテキスト「ゆらめき IN THE AIR」を参照。
    http://kakuyafujinaga.com/profile/hirata_text.pdf

【註2】中動態については、國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学』(医学書院、2017 年)を参照。