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Review
「松宮恵子:湖/畝を旅する」展覧会評Exhibition Info

Gallery PARC Art Competition 2017

「松宮恵子:湖/畝を旅する」展示風景

湖をめぐって

勝冶真美( 京都芸術センタープログラムディレクター / Gallery PARC Art Competition 2017 審査員)

「湖」から「畝」へ。接近しそうで接近しないその語と語の距離が、私たちの想像を掻き立てる。

 

「湖/畝を旅する」と題された本展は、松宮恵子が普段の生活の中で得た感覚や経験を、糸を素材に造形化した作品が並ぶ。「普段の生活の中で得る漠然とした感覚に『湖』という仮の名を与えた」と本人が話すように、自身の中に広がるイメージになる前の捉えどころのない感覚を掴みとろうとするときに、手がかりとなるのが糸という素材であり、『湖』という依り代なのだろう。

 

古今東西、湖をはじめ水が題材となった作品は枚挙に暇がなく改めて例示するまでもない。生命の維持に不可欠で、生活に密接に関わる豊穣のシンボルという以外にも、有形のかたちを持たず、日々刻々と変化するその様こそが人々を魅了してきた。掴み取れそうで掴めない、届きそうで届かない、そんなもどかしさに私たちは夢や感覚、さらには自己の存在そのものを重ね合わせる。

 

本展での松宮の仕事は、主に、緯糸を用いず、経糸をもじることで布状にするスプラング技法による。糸の種類やテンション(張力)を変化させることで起伏ができ陰影のある表情が生まれていく。造形的な選択の結果という以外にも、経糸と緯糸の交差という織りの条件から解放され、端を編み継げば大きな一枚となることから織機の幅という制約からも自由になる、といった理由からも特に最近はこの技法で作品を制作するという。例えばある人がキャンバスと絵筆を手に取るように、松宮は糸とそれを操る技術を手に入れる。糸を並べ、下の糸を上へすくい、交差させる。そういった身体的な行為とプロセスそのものが、松宮の企図する「感覚の造形化」と直結することは興味深い。

 

本展のための新作《飛ぶ鳥の影をみつめる》は何色にも染め分けられた光沢のあるナイロン糸を用いた涼やかな印象の作品である。確かに私たちはそこに影がゆらめく水面を見ることができる。また鳥となって隆々と広がる山脈を見つめているようにも、雲を見上げているようでもある。松宮の、畝を辿り、湖をめぐることではじまった旅は、終わることなく、鑑賞者をさらに遠くの旅へと誘う。
作品をGallery PARCのような広さのある空間に展開させることは松宮にとってもこれまでにない挑戦だったように思う。湖から畝へと指先で旅を続ける彼女の今後の活躍を期待したい。