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Review
「寺脇扶美:紫水晶からの手紙」展覧会評Exhibition Info

Gallery PARC Art Competition 2016

「寺脇扶美:紫水晶からの手紙」展示風景

寺脇 扶美 『紫水晶からの手紙』に寄せて

山本麻友美(京都芸術センター チーフ・プログラム・ディレクター / Gallery PARC Art Competition 2016 審査員)

寺脇扶美は、写生やデッサンを、作品創作の出発点としている。存在のあるがままを写し取る行為は、実はその作家の個性や視線を際立たせる表現でもあると言える。同じものを同じ視点から描いても、一つとして同じものは存在しない。そこには、何を見て、何を見ていないのか、何を選び、何を捨てたのか、ということが自ずとあらわれてしまう。シンプルであるからこそ、面に現れているものの反対側、向こう側を想像させる表現でもあるのだろう。


 「多角的な視点」や「混沌と美しい世界のありのまま」等、彼女のステイトメントに表れているのは、多様性を内包する豊かな世界であるのだろう。断定的に判断し、遠ざけること、拒絶すること、あるいは強く結び付くこと。ゆとりも、あそびも、余裕もなくて、狭くなっていく世界に、息苦しさを感じている人も多い。また逆に、心地よさを見出し、道を見失う人もいるだろう。あるがままを受け入れることはとても単純なことだけれど、現実には難しいことだと、思い知るに足る悲劇を私たちは毎日目にしている。それでもまだ、そこにまだ、美しさという希望を感じることができることに、彼女の無垢な強さを感じた。


 技法的には、岩絵具とエンボス加工の組み合わせは、ここ数年で寺脇が編み出したもので、彼女自身の表現として、今後の展開が期待されるものだ。紙で型を作り、手作業で凹凸を作り出す作業は、画面が大きくなれば、それだけ時間も労力も必要に成るだろう。エンボスの陰影と光を反射する岩絵の具の組み合わせは、とても魅力的だ。平面の中に、確信めいた面と線が浮かび上がり、抑制の効いた着色も、向こう側を想像させるに足る要素だ。見る角度や光の位置によって、それらは変化し、私たちの確信を揺さぶる。それは心地よい経験だった。


 平面作品の画面の中だけでなく、インスタレーションとしての構成で、多角的な視点を意識的に表現しようとする時、どのようなことが可能か。平面作品以外に、テキストや資料で構成された今回の個展は、彼女にとっても良い機会になったのではないか。全体として彼女の意図したことが達成されているか、彼女自身が一番理解しているだろう。今後に期待したい。