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Review
「中尾美園:図譜」展覧会評Exhibition Info

Gallery PARC Art Competition 2015

「中尾美園:図譜」展示風景

豊かさを内包する記録のかたち –中尾美園「図譜」によせて−

山本麻友美(京都芸術センター チーフ・プログラム・ディレクター / Gallery PARC Art Competition 2015 審査員)

 何かが「物理的に存在する」ということがもたらす情報や感覚に驚かされたことはないだろうか。デジタル隆盛の今日において、そんな単純なことさえも喜びや恐怖に変わる経験を、私は日常的に繰り返している。
 今回展示されていた中尾美園さんの作品はどれも、丁寧に時間を積み重ねたことが感じられ、繊細で美しいと感じた。その技術的な緻密さ、日常に向けられる穏やかな観察眼から生み出される作品は、描かれている内容に加えて、物理的に存在することで、たくさんの驚きや発見を与えてくれる。時間が積み重なって成ったものに、素直に敬意を払う気持ちは、想像力という人が持つ美徳の一つだ。丁寧に作られたものには、丁寧に接するのが礼儀だし、そこに非礼で返すことが争いや憎しみをうむことを、私たちは日常的にも歴史的にも経験している。それらを推し量る想像力が、文化につながるのだろう。

 

 また、今回の展覧会からは特に手軽になった「記録」という行為についても改めて目をむける機会を得た。記録は、記録を行う本人にとっては記憶と直接つながるものであるが、見る人にとっては二次的な情報でしかない。抽象化されたインスタレーションとしての展示は、作家が経験したものを鑑賞者が直接なぞるものではないが、逆にそこに豊かさが内包され興味深かった。
 全体の構成としては、「洛西用水図」という、今回題材となった漂流物の拾得場所を記した地図を導入に、そこに様々に流れ着いたものを、日々、ひとつずつ描いた大きな絵巻物(裏面には日付が記されており裏からのき見ることができる)が宙に浮いた状態で展示されていた。また展示空間の隅には、その作品を納める箱とその箱書。(作品が美しく機能的に保管されることを想定して作られていることがよくわかる)
 さらに奥の畳の空間には、彼女の祖母の持ち物だったという桐箪笥の中身が並べられている。実際、箪笥の中に大切に仕舞われていたであろうモノたちが、ひとつずつ和紙に細密に描かれ記録されたことで、また新たな命を得て、別の雰囲気をまとっている。また、それらひとつひとつがつながって絵巻物なることで、単にモノが記録された時以上の情報(それは事実とは異なりある種、美化された物語かもしれなが)が提示されている。

 

 彼女のバックグラウンドにある修復という技術について、私はあまり知識を持ち合わせていないので的外れかもしれないが、他の伝統と呼ばれる芸能や技術と同じように、時間の積み重ねの中で純化された様式、すなわち「型」の力を強く感じた。オリジナルを復元するという行為は、私が考えていた以上に表現の可能性を秘めているのかもしれない。純化した様式、型を極めることでこそ得られる自由がある。
 記憶と結びつきながら豊かさを内包する記録の新しいかたち。彼女の作品に感じたのは、その可能性と、美しさへの敬意だった。彼女は創作において、未来の鑑賞者を想定している。それは自分が生きている時間よりももっと先を見据えるもので、伝統的な技法を身につけた人の思考だ。インスタントな生活を送る私たちへの示唆に富んでいると言えないだろうか。