2011年に京都精華大学洋画コース卒業、2013年に同大学大学院芸術研究科博士前期課程芸術専攻を修了した薬師川千晴(やくしがわ・ちはる/1989年・滋賀県生まれ)は、在学中よりグループ展などに出品を重ねるとともに、2014年に初個展となる『絵画碑』(ギャラリー・パルク)を開催、2015年には『ハイパートニック・エイジ』(京都芸術センター)に出品するなど、着実にその活動を展開させています。
薬師川はこれまで、多くはテンペラ絵具を用い、紙に絵具を置いてそれを二つ折りにして転写し、対称の図を創出するデカルコマニー技法をもって絵画制作に取り組んでいます。絵画に向かう薬師川の思考にはまず「あらゆるものから質量が失われつつあるこの世界」への危機感があると言い、そこから絵画を作家の「表現」とするのではなく、作家が絵画を「通して」思考し、そこにどのような質量(何か)を「託す」のかという自問を抱いています。作品《 絵画碑 》では、まず絵画に「時間を託す」として、かつて “何か” であったものの集積である「土」によるテンペラ絵具とデカルコマニー技法により、画面上に現在までの “歴史” という時間を堆積させ、絵画をまるで「時の碑」とするかのような取り組みを見せています。
同時に「絵画とは絵具と絵具が引き合い、隣同士の色とが交わる連鎖により成り立っている。この意味において、絵画とは絵具と絵具の引力によって成り立っているといえるのではないだろうか。」とする視点から、「この質量ある物質にそなわる互いに求め合う引力を作品に託す。」と思考を進め、時間の集積である絵具の塊をデカルコマニーにより再び分つことで、互いに引き合う微かな「引力」を画面上に生じさせようと試みます。
本展『絵画へ捧げる引力』は、こうした薬師川の願いを込めた一連の作品《 絵具の引力 》を中心に構成しています。個々の作品上に見られる動きには、かつてひとつであった物質が引き合うベクトルを見ることができるとともに、ここに過去・現在・未来へとうつる時間を垣間見ることができます。また、そのシンメトリックなフォルムには、私たち「人」の面影、あるいは願い・祈る時に「合わせる手」にも似た姿をも垣間見ることができ、ここには物質世界と非物質的世界の狭間の様相を目にすることができるのではないでしょうか。