2003年に京都市立芸術大学大学院(染織)修了、現在は同大学大学院博士課程(油画)に在籍する西山裕希子(にしやま・ゆきこ)は、染織をルーツに、蝋纈染などのテクニックを用いた作品制作をはじめ、近年は銀塩写真や鏡、ガラスなどをあわせて用い、インスタレーション的な空間展開を試みています。
『人の関係のなかの、精神的な距離の曖昧さや、揺らぎや緊張、他者へイメージを重ね投影するといった「うつす」ことに関心をもっています。』とする西山は、蝋と蝋の境界に出来る隙間を線として画面に残す蝋纈(ろうけつ)染めの技法を用いた作品制作に取り組んでいました。蝋纈染めにおいて、蝋と蝋の境界にある不確定で見えない隙間(距離)を、線として顕在化させるプロセスは、人と人との間にある曖昧な境界を巡って、その確認と顕在化の行為として作品化されていたといえます。
また、このプロセスにおいて西山は「うつす」へも興味を寄せます。プリントされた既存のモチーフを西山の手によりうつしとるトレースドローイングによる作品は、うつす行為の中に回避し難い僅かな像のズレ(対象との距離)を孕むものであり、西山はこうした「うつす」行為が「人の関係の間にある距離の曖昧さ」へと繋がるものであると捉えています。同時にゼラチンシルバープリントやトレースドローイング、鏡や写真、物質への映り込みや光の反射などを要素に、ひとつの像が別の媒体に「うつる」ことへの着目は、作品の在り方をフレームにより切り取られたひとつの物質に限定するのではなく、空間におけるそれら相互の関わり(距離)へと展開させています。
現在、西山は「うつす」をプロセスに持つ、異なる方法や事象を用いて作品を制作しています。染色(捺染など)では下絵をトレーシングペーパーに、トレーシングペーパーの線を布に、布の線のまわりを蝋でなぞり、蝋の隙間に染料を入れるプロセスを持ち、トレースドローイングは実物の影を平面へとうつすアナログなプロセスを経るもので、そこには「うつす」行為に避け難いズレが含まれます。また、「光が壁面等に映り込んでいる情景/西山自身の姿が影として映っている情景」を中心に撮影された写真は、ガラスに銀塩プリントされ、それらは展示空間の光や時間の影響を受けて見るべき対象を曖昧に変化させ、ガラスや鏡などは展示空間をも「映り込む」もので、そこに鑑賞者を含めた曖昧な関係性をつくりだします。
2012年、2013~14年にかけてのドイツ滞在を経た発表となる本展では、西山がこれまで一貫して取り組み・深めてきた「人の関係の間にある距離の曖昧さ」への視点をなぞるとともに、現在の主眼のひとつである「うつす」ことへの関心をも垣間見ることができるのではないでしょうか。また、本展会場において鑑賞者は、そこに作品をはじめとする様々な要素を見出し、それぞれの関わりや狭間にある距離を計りながら、いつしか空間そのものをなぞるかのような鑑賞を体験頂けるのではないでしょうか。
【助成】公益財団法人ポーラ美術振興財団、公益財団法人吉野石膏美術振興財団、公益財団法人野村財団