朴 善化(ぱく・そな)は、2000年に京都市立芸術大学美術研究科修士課程研究留学生として来日、2005年同美術研究科修士課程保存修復専攻修了、2009年同博士課程美術専攻(保存修復)領域修了、以後もおもに日本・韓国で仏教絵画の制作・保存修復に携わっています。
仏教の教義や思想・世界観を物語る、あるいは信仰の場において人々が祈りや想いを捧げる対象としてあらわされた仏教絵画は、貴重な素材や高い技術が用いられて表現されています。しかし膠をはじめ、顔料や紙や布などの自然由来の材料の多くは、その物質的な性質から経年変化するものでもあり、仏教絵画は、そこに託された祈りや想いを永く未来に伝え・残すため、「表現する技術」のみならず、保存・修復による「残す技術」とともに発展してきたともいえます。つまり、永い歴史の中で表現として深められた仏教絵画は、同時に高められてきた保存・修復の技術によって現在にまでその姿をとどめ、今と往時の人々の想いを結ぶ役割をも果たしているといえます。
朴は韓国高麗時代から朝鮮時代に至る仏教絵画の模写に取り組むなかで、描画技法の研究だけではなく、和紙や藍などの素材、保存・修復の技術や社会で果たす役割などについて熱意を持って研究してきました。朴は、かつて描かれた線を筆で辿り、往時の材料や技術を知るなかで、描いた人やその表現だけではなく、絵や素材に託された多くの人の想いを受け取り、共有しようとしている自分に気付くようになったと言います。
2018年の個展『想い』、2020年の個展『結ぶ』に続き、およそ三年ぶりの開催となる本展『伝える』は、2018年以降に朴が制作したおよそ30点あまりの作品によって構成します。ここには2018年から始まった韓国全羅南道松廣寺「華嚴經變相圖(国宝314号)」の模写事業の指導・助言に当たることとなった朴が、コロナ禍により容易に往き来ができない中で現地のスタッフ達に模写技法や材料特性などを「伝える」ために制作した作品も含まれます。
今も日本・韓国を往き来しながら、仏教絵画の模写・研究に取り組む朴は、自らの手を動かすことで、作品に託された想いに気付き、人や文化の結びつきを感じ、またそれを伝えることの難しさと意義を改めて感じたといいます。
本展展示作品からは、その卓越した技法や技術とともに、「人と人」が結び・伝えることの意義についても想いを馳せていただければ幸いです。
[展示作品・資料]
本展に展示されている作品には、これまで朴が携わってきた多くの仏画の保存・修復の機会に際し、技法・材料の実験を兼ねて制作されたものが多い。同じ紙を藍で染めるにあたって、刷毛染めと浸け染めの違いや、染め重ねる回数による違いを確かめるため。藍だけで染めたものと紅を混ぜたものによる色合いの出方を確かめるため。番手の違う天然岩絵具の扱いに慣れるため。絵具を塗る際の回数により乾くスピードを確かめるため。絹と紙の特性の違いを知るため。これらはいずれも朴自身の研究・修練のためであるとともに、技法・材料研究の貴重なサンプルであり、また後進の人材を指導する機会には重要な教材ともなる。
こうして朴は自身が描きたい・挑戦したい絵に取り組むことで、往時の絵描きの技術や想いを知るとともに、その実体験や知識を実証資料とともに後進に伝えることにも取り組んでいる。
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