写真性について ̶ 制作の前提として
写真は、映像のある内側だけを注視するときと、映像の外側を意識するときとでは異る体験を人に与える。
̶ 写っている像に心が重なること、世界の断片としてそれに心が向い合うこと。
映像と物質との関わりが、写真の内容をも変質させる。
̶ スクリーンに投影される、紙に印刷される、ざらざらつるつるという表面の質感、重さ、そして古さ傷み。体や皮膚がそれに反応すること。
写真に出会う場所が、写真を拡張または制約する。
̶ 人と写真と場所が交差する機会におきるイメージには、ほとんど無限の在り方がある。
人々はそれぞれの記憶と歴史と気分を、写真と写真のある風景に照らす。
̶ なにより人は自身の思いを映像に投げかけている。映像も人に印象を押し付ける。思いは写真を変質させ、写真も思いを変質させる。
麥生田兵吾
昨今、スマートフォンやタブレット端末、写真を共有できるSNSや動画投稿サービス、VRなどの普及により、「イメージ」は、かつてないほどに私たちの生活を取り巻き、その基盤を形作っています。その結果として私たちは、イメージに「慣れっこ」になり、その正体を問い返すことをしなくなってしまっているのではないでしょうか。
写真家の麥生田兵吾はこれまで、写真を空間の中で扱う展示手法を通じて、鑑賞者を、イメージという存在にもう一度「邂逅」させようとしてきました。今回、麥生田は、その手法の延長上で、「本」という新しい空間を扱います。麥生田の写真作品のシリーズ「Artificial S」は、「生と死」という主題の下、人が自明としている「まなざし」を把握しなおし、鑑賞者の感覚や記憶、身体を喚起しようとしてきました。今回の展示では、麥生田のこのシリーズを起点に、編集者の櫻井拓、デザイナーの大西正一が加わり、本をつくることを始めます。ギャラリーを出版(publish)のための制作スタジオへと変容させ、その作業空間を公開(publish)します。
ギャラリーは撮影、印刷、編集の作業場となり、作家と編集者、デザイナーが立ち代わって滞在し、共同作業を行ないます。本のため の新しい印刷物に加えて、麥生田の過去作品やアーティストブック、櫻井が過去に編集した作品集や執筆したテクスト、大西がこれまでに手がけた写真集なども展示します。さらに会期中に開催する多数のイベントの映像や写真、音声による記録を交え、制作空間を立体的に展開します。 会期末には、培った成果を書籍のプランへとまとめ、展示とトークの形でプレゼンテーションします。
櫻井 拓