前川紘士(まえかわ・こうじ/1980年大阪府生まれ)は、『個人の持つ異なる複数の関心をひとつの主題に還元するのではなく、個別の対象との関係の中でそれぞれの機会の構造を知り、そこからどのような実感や可能性を見いだす事が出来るか』という思考に基づき、これまでに様々な活動をおこなってきました。近年、前川はスタジオをベースとした制作において、おもに「大きさ かたち 数」への関心に基づく制作に取り組んでおり、2015年のGallery PARCでの個展『Scales, others』や、2016年の個展『雫と規格 / テレコラージュ』(momurag・京都)においては、「一滴の雫」を単位として、滴下した雫をペン先で引き伸ばすことで現れるかたちを操作し、そのまとまりや関連の在り方を探る《 Space of drops 》シリーズや、単位を「両手のひらの中の空間」に置き換え、手と物質との関わりを考察する《 Space of hands 》シリーズなどを展開させてきました。
本展「drawings A, drawings B,」では、前川が断続的に展開・発展させてきたこれらの関心に、新たに「触れること」を制作の条件に含めたものを合わせた複数のドローイングを展示いたします。ここでの「ドローイング」とは一般的な「完成作品のための下絵」といった意味合いよりも、「試作の繰り返しと調整による思考や制作の展開」という側面に注目したものです。本展に向けた前川の制作は、あらかじめ設定した方向性や条件を元にドローイングを行い、そこから得た
気づきや疑問・自身の反応を以降のドローイングへ持ち越し、制作したものの観察や設定の再調整を行なう、という一連を繰り返すことで進められています。
『かたちを捉え、操作し、そのやりとりを行う、といった人間の基本的なちからを改めて捉え直す、身体を通した思考/試行の現状を提示します』とする本展は、《 Space of drops 》での条件や思考を国際工業規格から導き出された規律や制度と重ね合わせ、そこで即興的なかたちの配置をおこなう《Drops and standards》、ラインテープによる厚みを持った線に触れ(撫で)て捉えることと、見て捉えることの異同や関係を探る《Line tape drawings》、左右の手で握ったもののかたちを頭の中で合成させることで、両目ではなく両手でかたちを捉えることと、情報の合成の関係について考える《Synthesis of form from
hands》などにより構成されます。ここでは前川が近年進めているそれぞれのドローイングを「drawings A」「drawings B」といった具合に並列に提示することで、個々の作品としてだけでなく、仕組みの異なる作品群がもつ、固有性や類似性、相関・補完関係などを捉える視点をつくります。また、「触れること」を要素のひとつとする本展において、一部のドローイングは「見る」だけではなく「触れる」という鑑賞(体験)も可能なものとして提示されています。それは厚みを持った線により、実際に触れることのできる本展DMにおいても体験することができます。
また本展では、前川がこうした制作と並行して行なっている活動の中から、「社会の様々な場で作られた作品群の比較」に関する資料をあわせて提示します。これは前川が複数の場でのワークショップ・プログラムに関わる中で生まれた課題から関心を持ち、近年派生的にリサーチを行なっている「作品群であり資料群でもあるもの同士の比較」についての現状報告であるとともに、他のドローイング作品と合わせて提示することで、『仕組みの異なる複数の絵を集合として見る視点』について考察する機会ともなります。
前川は形式や分類などに関わらず、その活動の全般において、自らの関心や行為が「どのようなもので」「どのように作用し」「どのようなものが生まれるか」という因果の回路を見定め、確かめようとしているように思えます。また、そこに自らをも因子として関わることで回路の振る舞いを実感し、その可能性をも積極的に捉えようとしているかのようです。
前川の複数の関心を起点とした作品や資料を並置する本展において、個別の取り組みをそれぞれに鑑賞するだけではなく、それらがまとまりとしてどのような関連性を持つか、あるいはそれぞれにどのような関係性を見出すかなどに興味を向けお楽しみいただければ幸いです。
【DM・バナーデザイン】
藤本敏行
【協 力】
加藤壽美子・加納俊輔・河村啓生・木村靖隆(un-do design)・黒木結・竹内秀典・
藤本敏行・大阪府立江之子島文化芸術創造センター / enoco・ひと花センター