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深呼吸の再構築
Yukawa-Nakayasu

2018.5.25. ~ 6.10.

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Statement

習慣・歴史・習俗をはじめとした過去から現在にわたる人間の営為とその痕跡と向き合い、そのメディウムやコンテクストを通じて多様な関係性を彫刻化する作品を制作。そして、彫刻化した作品を対象の“平衡”状態と見なし、その“平衡”を空間に配置する。鑑賞者が私たちの示す“平衡”と対峙するプロセスを通して現代社会に介入し、多様な次元を持つ関係性を構築する。

 


 人間の社会はいつも、外部から来る「異なるもの」(異変・異物・異人など)を頭ごなしに拒否はしない。日常は揺らぎ、違和感や戸惑いや不都合が空間を漂う中で、しかし社会はまずはそれを一度受け入れる。そして解釈と理解を試み、落ち着きを取り戻そうとする。それは大きな深呼吸のようであり、そうして社会はまた自然と平衡に向かっていく。

 

 書物や口承文芸に刻まれた歌や伝説、教訓などの昔話には、そうした社会の「呼吸のリアリティ」が内在している。それは社会的な「異」との接触から、落ち着きを取り戻そうとした社会のあり様の、遠い過去からの伝達である。

 私たちもまたそうした深呼吸のように彫刻をつくる。昔話に登場するモチーフやオブジェや背景などの要素を収集し、息を吸いこむように取り込んでいく。そして、それらをコラージュやパフォーマンスによる追体験などにより、身体的に同調していくプロセスを経て彫刻をカタチづくる。そこには昔話よりもさらに抽象的な存在として現在の社会に介入し、不特定多数に広がっていく、いわば歌い・語り・書き記すというもっともプリミティブな「伝達」そのものとしての彫刻が立ち上がってくる。

 

 本作は、私たちの一貫したテーマ「豊饒史の構築」のための一つに位置づけられる。「豊饒史」とは端的に言うと「豊かさとは何か」を問う独自の概念である。やがて失われる過去のために、来るべき未来のために、私たちが打ち立てる「彫刻」という考察である。この考察は社会の呼吸のプロセスの中にこそ豊饒なるものが潜んでいるのではないか、そしてそのプロセスを伝達するプリミティブな行為にこそ人間社会の本質が内在しているのではないか、という問いに対するものである。

 

 以上は2017年に日本・韓国での巡回展としておこなった展覧会「深呼吸」のステイトメントである。本展ではこの「深呼吸」で発表した作品に新たな視点から手を加え、その再構成・再構築をおこなうものである。これは、いわば彫刻としての捉え直しの行為であり、過去に拾い集め、彫刻化した際に用いたオブジェクトを、新たな視点でもう一度眺め直すものである。この新たな視点とは、オブジェクトが移動していく舞台としての「市場」や「交換」という場のイメージであり、集められたオブジェクトとそれによって構成される彫刻を、その舞台のもとでふたたび「彫刻し直す」ことへの試みである。

 

 オブジェクトがやりとりされ、移動するその舞台は、異なる思惑、異なる価値観の人と人、異なるシステムの社会と社会が折衝し合い、平衡を取ろうとする社会的な場に他ならない。

 

 本展では、過去に拾い集め、彫刻化した際に用いたオブジェクトを、その舞台の上でもう一度眺め直すものである。これは歴史的文脈に基づいて収集されたオブジェクトに、それを手に取ったときの姿・形・色・香り、そして「馴染みのよさ」といった価値、あるいはそれらを造形の一部に使用するときの機能性や実用性を無意識に感じていたことに、今ここで立ち返る行為ともいえる。本展では、自らが収集したオブジェクトに宿る「市場」の要素に意識的になろうとしている。そして、その自覚のもとで再構築された彫刻は、たとえば実用的な”らしい物”として作品の二重化をももたらすのではないだろうか。

 

 一度作品化した既存の彫刻に対して手を加え、コラージュし、再構築することによって、その価値や評価は転換しうる存在になる。その転換は決して制作者本人の意向の下で行われない。そうしたことは、「市場」における”需要の発生と消失”(流行による大量生産、在庫の発生など)や”実用性の発生”(商人の目利きなど)、そして"いま私たちが手に取るに至る理由"といったことと関連づいてくるのかもしれない。

 

 社会的「深呼吸」という概念とコンセプトは、再構築された彫刻を通していったいどのようなことを顕在化させるのか。これは「豊穣史の構築」のためにアプローチしてきた「物質ー精神の平衡」について、より物質の視点に立脚した考察である。


Yukawa-Nakayasu

About

 『習慣・歴史・習俗をはじめとした過去から現在にわたる人間の営為とその痕跡と向き合い、そのメディウムやコンテクストを通じて多様な関係性を彫刻化する』とするYukawa-Nakayasu(ゆかわ-なかやす)は、「豊かさとは何か?」を問う独自の概念として『豊饒史の構築』という主題を掲げて活動を続けています。

 

 Yukawa-Nakayasuはこの問いへのアプローチとして、これまで様々な土地への調査によって拾得・拾遺した、習俗・習慣や伝承・歴史、様々な物質などを起点に、それらを個々の背景や認識といったコンテクストから一旦引き剝がし、意味や物質として組み合わせることで多様な解釈の可能な状態=「彫刻」として自立させます。これはいわば過去から「いま」を分断し、歴史や背景から「ここ」を切り離す行為であり、これによって展示空間に「いま・ここ」を仮設するものであるといえます。たとえば、そこでは一つの物質はまず「未知のもの」として現れ、鑑賞者の眼差しの数に比例した多様な「在り方」において存在しています。また、それは鑑賞者の記憶や創造、認識や知識などを因子に「概知のもの」としても見ることができ、やがてそこには個々の「関係性」をも見出すことができます。この眼の体験・思考の経験は、私たちにとって「いま・ここ」を不可逆な時系列の末端とする因果から自由にするとともに、「いま・ここ」を中心として、前景と背景、近景と遠景、過去と未来などを横断的に見る「豊かな」視野を知ることになるのではないでしょうか。

 

 Yukawa-Nakayasuはこれまで金沢・鳥取・大阪・京都をはじめ、韓国やイタリアなどの地で、こうしたアプローチによる制作・発表に取り組み、2015年には『第18回岡本太郎現代芸術賞』に入選、2018年にはベネチアでの『The 12th Arte Laguna Prize』において大賞を受賞するなど、国内外で高く評価されるに至りました。本展「reconstructing the “Deep Breath” 深呼吸の再構築」は、その中でも2017年に日本・韓国を巡回した展覧会「深呼吸」での発表作品に新たな視点から手を加え、再構成・再構築した作品によって展開するものです。

 

 2017年の展覧会「深呼吸」は、『人間の社会はいつも、外部から来る「異なるもの」を頭ごなしに拒否はしない。日常は揺らぎ、違和感や戸惑いや不都合が空間を漂う中で、しかし社会はまずはそれを一度受け入れる。そして解釈と理解を試み、落ち着きを取り戻そうとする。それは大きな深呼吸のようであり、そうして社会はまた自然と平衡に向かっていく。』とする視座から、『社会の呼吸のプロセスの中にこそ豊饒なるものが潜んでいるのではないか』との考察を目的としたものであり、本展はこの視座で拾い集め、彫刻化したオブジェクトを、当初の主眼とは異なる視点において再び評価し、「いま・ここ」のために「彫刻し直す」試みであるといえます。そして、Yukawa-Nakayasuはこの取り組みに「オブジェクトの移動」における「市場」や「交換」のイメージを重ねます。

 

 これは、過去にある目的・文脈を主眼に自らの目と手で集めた価値(オブジェクトや彫刻)に起こる意味・文脈の転換を、「市場」における『需要の発生と消失』、『実用性の発生』、『いま私たちが手に取るに至る理由』といったことと関連づけて考察するものです。「市場」におけるこの価値転換は、生産者(制作者)によるものではなく、多くは消費者(その価値を見出し、認め、手に取る者)の主導によってもたらされます。またその転換のサイクルは波のようなモーメントを持ちながら、多くの事柄との関係性の変化など、常に異なる理由や背景によって生じるものであるともいえます。

 

 本展においてYukawa-Nakayasuの仮設する「社会的な深呼吸」という概念とコンセプトは、再構築された彫刻を通していったいどのようなことを顕在化させるのでしょうか。また、これは『豊饒史の構築』のためにアプローチしてきた『物質ー精神の平衡』について、これまでの「精神」への注視から、物質の視点に立脚した考察でもあります。