2011年に京都精華大学洋画コースを卒業、2013年に同大学大学院芸術研究科博士前期課程芸術専攻を修了した薬師川千晴(やくしがわ・ちはる/1989年・滋賀県生まれ)は、これまで油絵具やテンペラ絵具を素材に用い、おもにデカルコマニー(*紙に絵具を載せ、その上に別の紙を押し充て、ひきはがすことで対称の模様や像を生じさせる)技法を使用した、独特の絵画作品を発表してきました。これによって得られる対称の像を2枚の紙片に分かち、画面上で構成する作品《 絵画碑 》や、絵具を挟んだ紙を引きはがす際に見られる「絵具が引き合う力」に着目した作品《 絵具の引力 》など、薬師川のこれまでの作品は、もともと1つであったものが2つに分かれた存在=「一対」の関係を主題に含んできたといえます。
今回初出品となる2つの新作は、この「一対」という関係への思考を進めたものですが、そこでは「対」という関係への眼差しに変化が見られます。
人が祈るときに両手を合わせる仕草から着想を得た新作《 右手と左手のドローイング 》は、薬師川の右手と左手によって、異なる2色の絵具を紙上で同時に混じり合わせた作品です。左右の手の軌跡は絵具のストロークとして交じり合い、画面上にひとつのイメージを残していますが、細部に目をやると、顔料を混ぜた別々の色(絵具)は混色されて新たな色になることなく、ぶつかり合い、重なりあいながら、それぞれの個を保ってもいます。
同じく新作となる《 好一対の絵 》は、一方の画面に描いた色やストロークを見て、そこに発生した色やストロークへの欲求をもう片方の画面に描く。そして、その影響をうけてまた最初の画面に加筆する、といった関係性をプロセスに持ち、2つの画面は互いに影響を及ぼしあいながら同時に完成してゆきます。
これまでの作品が、かつてひとつの物質(絵具)であったものが、分かたれることで「対」という関係を与えられ、また、デカルコマニーや絵具の引き合いなどの現象と行為の狭間に生じた偶然性を起点に、その後に薬師川が介在してゆく制作過程によって「一対」への思考が進められていたのに対し、新作《 右手と左手のドローイング 》では、薬師川の身体性を起点に、ひとつを成しながらも決して混じり合うことのない「対」の関係が、《 好一対の絵 》ではふたつの画面が薬師川の感性をまるで反射板として、非対称でありながらも「対」という「ひとつ」の関係に置かれているといえます。
本展では、薬師川の新たな「一対」の思考や「描く」への取り組みを感じさせる新作とともに、《 絵画碑 》《 絵具の引力 》などの未発表作品もあわせて出品することで、「一対」から生じる世界のあり方や可能性についても思考をめぐらせる機会となるのではないでしょうか。