2004年に京都市立芸術大学美術学部美術科彫刻専攻を卒業、2007年に同大学大学院美術研究科彫刻専攻を修了した前川紘士(まえかわ・こうじ/1980年大阪府生まれ)は、「個人の持つ異なる複数の関心をひとつの主題に還元するのではなく、個別の対象との関係の中でそれぞれの機会の構造を知り、そこからどのような実感や可能性を見いだす事が出来るか」という思考に従い、これまでに様々な活動をおこなってきました。
前川の関西での初めての個展となる本展『Scales, others』は、2011年から断続的に展開・発展させてきた「大きさ」「かたち」「数」への関心に紐づく作品群を中心に構成されます。
展示作品である「Space of drops」のシリーズは、一粒の色彩の雫を「1単位」として捉え、紙に滴下したそれらを限界までペン先で引き延ばしたドローイングです。同一の因子に端を発するそれぞれのカタチは、前川の時々の試みや想像・興味によって出現したものであり、《100_Space of drops》は100滴分のカタチが並置され、様々な群をつくりながら展開しているものです。
また、「Space of hands」のシリーズはその単位を「自分の手のひらの中の空間を充填するもの」として、両手一杯に詰め込んだ粘土や紐による立体群が広がっています。
「Hands projection」は、まず手のひらサイズの粘土による原型の表面を多面体となるように三角形で分割し、そこに面積がそれぞれ2倍となるような3種類の正三角形を埋め込んだ展開図を基にしたペーパークラフトです。それらは段階的に拡大・複製して組み上げることが可能であり、その展開図はPDFデータや印刷された情報として拡散・使用出来るものともなっています。そして、これらはいずれも前川の身体周辺の大きさを基点として、そこに手によって関わりながら思考され、カタチへと展開されているものです。
本展では、こうした「大きさ」や「かたち」にまつわる作品の他、いくつかの資料によりこれまでの前川の活動を知る機会ともなります。
前川は2009年の『仕掛け景色|ramble point』(mograg garage、東京)や、2012年の『風景に同期する』(トレジャーヒル・アーティストビレッジ、台北)などの個展や、2007年の『FLY』(IAMAS、岐阜)、2010年の『京芸Transmit program#1 きょう・せい』(@KCUA、京都)、2014年の『雲の建物』(Q2、神戸)などの展覧会への参加とともに、自主的・間接的に多くのプロジェクトにも関わっています。
例えば2008年~2009年の『半外プロジェクト』(京都民医連中央病院)は、京都民医連中央病院の設立20周年記念事業としてモニュメントの制作依頼から始まったもので、その依頼に前川を含む3名の美術家が「病院で何が出来るのか」をもって応えるカタチで進められ、病院入口横の扉のない小さなスペースを用いて、病院・地域・美術にまつわるリサーチや展示を試行したものです。これは以後にリサーチプロジェクト「半外プロジェクトP&I(プレゼンテーション&インタビュー)」へと展開しています。また、障害を持つ参加者と作家がペアを組み、一定期間に恊働制作を試みるプロジェクト『奈良県障害者芸術祭 HAPPY SPOT NARA 2011-12 アートリンクプロジェクト』(2012年・奈良県文化会館)や、『CITY IN MEMORY -記憶の街-』(2013~ 2014年・堀川団地、京都)、『Basic Income Kyoto』(2013年~・ソーシャルキッチン、京都)、『ひと花センター 美術の時間』(2013~・ひと花センター、大阪)などについては、前川が主体であると同時に参加者のひとりとして関わりを持った実践でもあります。
本展を構成するこれらの要素から、前川は美術や作品、展覧会やプロジェクトといった形式や分類などに関わらず、それが「どのようなもので」「どのように作用し」「どのようなものが生まれるか」という因果の回路を見出そうとしているように思えます。また、そこに自らをも因子として含む(入り込む)ことで、その回路の振る舞いを実感し、そこにある「拡がりの可能性」をも積極的に捉えようとしているかのようです。
本展会場に展示される個々の作品や資料は、こうしたプロセスがひとつのカタチとして可視化されたものであるといえます。
私たちはそこに「私」という因子を含めることで自らを含む世界を積極的に捉え、世界の意味を深めることができるかもしれません。
【 協 力 】 東山 アーティスツ・プレイスメント・サービス(HAPS)