2008年東京外国語大学卒業、2014年京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程を修了した前谷康太郎(まえたに・こうたろう / 1984~・和歌山生まれ)は、2010年以降、大阪・梅香堂での個展(2011年・13年)開催をはじめ、多くの個展・グループ展に積極的に取り組むとともに、2014年には東京・ICCで個展「further/nearer : emergencies! 021」を開催するなど、その活動は多くの注目を集めています。
「多くの言語の構造に触れる中で、最小の構成要素である音素の一つ一つにも意味が宿る言語の存在や、日常においても見受けられるたったひとつの音素がもたらすニュアンスなどに興味を持ち、映像という言語においてもそのような次元の顕在化が可能かつ有意義なのではないか」として、東京外国語大学卒業後に本格的に映像表現に取り組みはじめた前谷は、これまでおもに「光」を収集し、それらを構成要素とする映像・インスタレーションや写真作品を多く発表しています。
とりわけモニターやプロジェクションを用いた映像による作品は、太陽による自然光、ネオンや電灯といった人工光などのあらゆる光を収集し、映像という光として空間へと還元します。前谷の作品に見る抽象的であり、ミニマルでもある光の様態には、あたかも物質性をともなったかのような光の姿や、光の織り物のような世界の姿を見ることができます。
私たちの目による焦点外の領域についての認識・知覚をテーマとした《further/nearer》(2012〜)は、横長にスリットを開けたオブスキュラに撮影用のカメラを仕込み、オレンジの光源に対してそのオブスキュラを次第に遠ざけて撮影したものです。ここには形(反射光)によらない光そのものが収集され、まるで物質的な存在感をともなった塊として現出し、あるいは微かな帯となって黒に溶けていくまでの様態がスクリーン上に再生(再現)されています。また、鑑賞者はゆっくりと変化する映像を目にするうち、いつしかそこに反射光でも直射光でもない「残像(残光)」による「実態をともなわない光」をも重ねて「見る」こととなり、そこに目によるだけではない、私たちの「見る」「認識する」という行為にまつわる要素が顕在化します。
新作となる《road movies》(2015〜)のシリーズは、朝・昼・夜に渡って、車載したカメラによって高速道路や一般道を取材した日常風景の映像に、X軸とY軸の情報を抽出し、平均化するデジタル・フィルタリングを施したものです。世界をタテとヨコ、色のカタチに還元した映像には、一見すると抽象的で、ミニマルな様態を見て取ることができますが、しかし、中心から外側に向かって変化する線の太さに遠近の関係や進行方向を、瞬間の色面の構成と連続性に具体的な風景をといったように、私たちはそこにどこか現実感を垣間見、モニターの中にある世界が此処と地続きであることを認識します。
これらはいずれも私たちの「光」による「世界」の「認識」についての本質的な関係をシンプルな要素に還元して提示するとともに、「見る」という行為が目によるものだけではなく、思考や記憶、想像や情緒をもともなう、「私」への認識でもあることにも目を向けさせるものです。
私たちが世界(光)を認識する上での距離/時間/明暗/形態/記憶といった要素は、いずれも映像言語に置き換え可能なものであり、世界の文節性は多くの要素が関わり合う映像にそのまま重なるものであるといえます。そして、前谷は光(世界)を既存の言語(映像)に「読み替える」ことのみを目的とするのではなく、いわば言語を固有の意味を有する寸前の「音」にまで還元し、その連続が奏でる音楽のようなもの(映像)の姿を通して、世界を「見なおし」、感得しようとしているのではないでしょうか。
*映像芸術祭「MOVING 2015」(2/6〜2/22)との連携プログラム。
*会期中の偶数日には新シリーズとなる《road movies》を、奇数日には旧作《further/nearer》を日替わりで展示。